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2010年5月11日 (火)

5月9日の礼拝メッセージ「母の日礼拝、派遣式」

ハレルヤ!

いよいよ16日(日)11時から大阪聖書教会創立10周年記念礼拝、午後2時半から記念伝道集会を開催します。

お近くのお方はどうぞお越し下さい。一緒にお祝いしましょう。またお友だちやご家族を誘ってください。

午前は創造論の旗手で京都IUの生物学部長・教授の安藤和子博士の「創造論と教会生活」というメッセージとシンガポールの母教会のゲストによる希望者への祈り。

午後は日本のキリスト教界で有名なゴスペルシンガー・ソングライターの向日かおり先生がピュアな歌声を披露し、その後安藤先生が「進化論と創造論」を語ってくださいます。お手伝いが出来るお方は9時に島頭会館に集合です。

さて、9日はメッセージの後、M姉妹の派遣式を行いました。たくさんの友人が駆けつけてくださいました。主イエスを信じ、心いやされ、洗礼を受け、教会の最初のメンバーとなり、長年教会の柱として活躍されました。米国での新しい生活を主が祝福してくださるように皆で祈りました。

また9日は母の日礼拝でした。米国の教会で始まり、戦後日本に普及した母の日。

母親に感謝するだけではなく、礼拝に参加するすべての女性に敬意を表すために今年も赤のカーネーションを贈り、祝福を祈りました。

聖書は自分の「父と母を敬う」ように命じています。

両親を呪う者や打つ者は殺されなければならないと当時は死刑が命じられていました。厳しいですね。誰も自分の子どもを選んだり、逆に親を選んだ子どもがいないように、親子は神の不思議な摂理で成立したからです。

目の前の親を敬えない人に、目に見えない神を敬うことは難しいかも知れません。

特に日本では過保護で親子の分離が難しく依存的な関係が多いことを示す引きこもりが百万人以上います。時々自分のことしか頭にない放任主義や家族の虐待がニュースになります。

親から保護と教育と素晴らしい影響を受けてきた反面、親の病的な暴言や感情的な暴力、あるいは不倫やアルコールやニコチンやギャンブル中毒、不誠実やうそによって心や体を深く傷つけられた方々も大勢おられるようです。

親を赦せないとは自分が親になることを否定してしまうことです。

結婚や家族に失望し、裏切られると結婚したり、家族を作ることに魅力を感じないかも知れません。

また結婚生活や家族関係の難しい問題を一緒に乗り越えようと努力するよりも、何かでごまかしたり、すぐあきらめて、自分の手で壊してしまうかも知れません。

そうです。日本に住むほとんどの人々は過去の傷に捕らわれ、縛られて何世代にも渡って、根本的なキュアをされずに来たのではないでしょうか。悪魔にやられ放題で野放図だったのです。穿った見方をすれば、日本二千年の歴史は人の不幸に隙入り、商売にする狡猾な人々によって見事に欺かれ、財産と家庭と青春と健康を略奪され、搾取されてきた抑圧と悲劇の歴史ではないでしょうか。

しかし、そんな日本にカトリックやプロテスタントの宣教師たちを通して「良き知らせ」(福音)が届けられました。人々は主イエス・キリストの福音に触れ、福音による新しい生き方に目覚め始めました。そして全国にキリストの教会が建てられて来ました。霊的な暗黒の地日本にキリストによる霊的な夜明けがやっと訪れたのです。

それは聖書に根本的な答えがあったからです。聖書の中心は主イエス・キリストへの信仰です。主イエスは私たちの罪を赦し、魂を救い、深い心の傷をことごとくいやし、否定的な過去の体験から解放し、新しい人生を与えてくださいます。

「わたしは主、あなたをいやす者である」(出エジプト15:26)と自己を紹介された神は、約二千年前に御子イエスを遣わし、私たちのすべての罪の罰をイエスに負わせました。それがイエスの十字架です。イエスの十字架は私のためだったと信じられた時、罪が丸ごと赦され、神に義(正しい)と認められ、神との正しい関係が始まります。

また主イエスのいやしの御わざはイザヤ書の預言の成就でした。「彼が私たちのわずらいを身に引き受け、私たちの病を背負った」(マタイ8:17)、「キリストの打ち傷のゆえに、あなた方はいやされたのです」(Ⅰペテロ2:24)とあるように十字架は私の救い(神との関係の回復)であり、同時に私の心身のいやしでもあります。

御言葉に従い自分の母親に絶えず感謝しましょう。

また、もう心の奥底に隠すのを止めて、勇気を出して母親(時には父親)から受けた心の傷がいやされるよに祈りましょう。主イエスがいやしてくださいます。

マタイ18:22で主イエスは「七度を七十倍するまで」赦せと命じられました。これは奇跡です。自分では不可能ですが、主イエスに赦された人は人を赦すことができます。

「主イエス様、あの時お母さんが○○と言って私を傷つけました」「お母さんが○○して私を傷つけました」「どうか跡形もないようにいやしてください」

また、「○○したお母さんを赦します。」「二度と憎みません。」「恨みません。」「自分が何をしているのか分からなかったと思います。」「私はお母さんを赦します。どうか祝福してください」と。

過去から解放され、新しい人生を今日から始めましょう。アーメン。

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