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2010年9月 2日 (木)

8月22日の礼拝メッセージ「一大転機:エルサレム教会会議」    

ハレルヤ!猛暑が続いています。こんな時は十分な睡眠と水分を取り、扇風機やクーラーを惜しまないようにと言われています。皆さま、お元気でご活躍くださいね。

久しぶりに東京の聖書教会に通うW兄が午後来訪されました。来週は聖餐式礼拝です。大阪市内の公立学校は9月1日から2学期が始まります。

先週22日の礼拝は「一大転機:エルサレム教会会議」と題して、使徒15:1~32から御言葉を学びました。

主イエスの福音が宣べ伝えられ、救われる人々が起こされると、キリストの教会がエルサレムの周辺から世界中に誕生し、発展して行きました。

しかし、教会が使徒たちなどユダヤ人クリスチャン(現在ではメシアニック・ジュー)から始まったために、またエルサレムが神殿を中心としたがユダヤ教の聖地であったために、さらに旧約聖書に厳格なパリサイ派出身のクリスチャンがたくさん救われたために最大の危機が訪れました。

現代のプロテスタントの教団教派間の神学的な論争と言うものではなく、福音の真理から逸脱する異端の教えが根強く広がっていたのです。

あるパリサイ派出身のクリスチャンたちが、異邦人クリスチャンは割礼を受け、モーセの律法を守り、自分の民族を捨て、ユダヤ人(ユダヤ民族の一員)にならなければ救われないと言い始めたのです。そこで大論争の末に、この教会会議で民族主義的な異端との決別が明確に確認され決定されました。

主イエスの命令に従って世界宣教を目指すキリスト教会にとって一大転機となる会議でした。

聖書によれば、神は全世界を造られ、すべての人を愛しておられます。そしてすべての人を救うために神の御子イエス・キリストをこの世界に遣わされました。

ですからどんな人でも、つまりどんな宗教の信者でも、あるいは無神論者でも神は愛しておられます。神に愛されていない人間はこの地上に一人も存在しません。

主イエスの命令に従って世界宣教を目指すキリスト教会にとって一大転機となる会議でした。

聖書によれば、神は全世界を造られ、すべての人を愛しておられます。そしてすべての人を救うために神の御子イエス・キリストをこの世界に遣わされました。

ですからどんな人でも、つまりどんな宗教の信者でも、あるいは無神論者でも神は愛しておられます。神に愛されていない人間はこの地上に一人も存在しません。

そして、ただ主イエスが神から遣わされた御子であり、十字架で私の罪の身代わりに死に、三日目に復活したと信じるならば救われます。救いには主イエスに対する信仰以外の条件は全くいりません。但し、当時のユダヤだけではなく、現在の日本社会でも律法的世界観が中心のために、主イエスを信じるだけで救われると言う福音の正しい全体的な理解には時間がかかるようです。

信仰プラス割礼のように、信仰プラス毎日のお勤め(お題目やお念仏、信条を唱え、お供え物をする)やお布施、修行、奉仕、断食、学習など、信仰プラスアルファーが一般的な習慣のようです。

また人は救われても、民族的、宗教的、人種的な偏見から自動的に解放されるとは限らないようです。さらに過去の心の傷からも自動的に解放されるとは限らないようです。

ですから、教会が御言葉の学びと聖霊の啓示と導きで改革され続け、前進するように、主イエスの弟子とは教会の中で御言葉を通して主イエスから学び続け、変えられ続ける人のことだと思います。

救われた人々が神の恵みによって毎日のデボーションなど様々な信仰の訓練を受けることは信仰生活にとってとても大切なことです。

どんな人でも主イエスを信じるだけですべての罪が赦され、救われ、永遠の命を頂いて、新しい人生を主イエスと共に日々歩むことができるとは何という特権、祝福でしょうか。ハレルヤ!

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